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東京高等裁判所 昭和29年(行ナ)35号 判決

原告 都木喜祿

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和二十八年抗告審判第六一六号事件について、特許庁が昭和二十九年五月十八日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は、昭和二十七年十月四日別紙記載のように、楽符状に図案化された特別の字体で「わらびだんご」の文字を縦書にして構成された商標について、第四十三類の「わらびの粉末を混入してある団子」を指定商品として、登録を出願したところ(昭和二十七年商標登録願第二五二六三号事件)、昭和二十八年三月二十八日拒絶査定を受けたので、同年四月二十四日これに対し抗告審判を請求したが(昭和二十八年抗告審判第六一六号事件)、特許庁は、昭和二十九年五月十八日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、右審決書謄本は同年六月三日原告に送達された。

二、審決の理由は、原告の商標の構成態様は、前述のとおり普通に使用される態様の文字ではないけれども、前述の指定商品についてこれを使用するときは、その商品が「わらび団子」(わらびの粉末を混入してある団子)であることを容易に直感し、単に当該商品及びその品質を表わすに過ぎないから、商標法第一条第二項に規定する自他商品けん別標識としての特別顕著性を具備しないというのである。

三、しかしながら審決は、次の理由によつて違法である。

(一)  本件出願の商標は、先に述べたように、楽符状に図案化された特別の字体で「わらびだんご」の文字を縦書にして構成されたものである。若しこれが、「わらびだんご」の文字を、ありふれた普通の字体で表示した場合は、審決がいうように、あるいはその指定商品との関係において、自体がその指定商品の品質を表示して商標としての特別顕著性がないということができるかも知れないが、本件出願の商標においては「わ」「ら」「び」「だ」「ん」「ご」の各文字自体は、添付の商標見本を一見すれば、直ちに明瞭なように、それぞれ楽符状に図案化された特殊の字体から構成されていて、普通に使用されるありふれた字体のものではない。

普通にありふれた氏名とか商品名とかを普通自体で表わした場合商標として特別顕著性を有しないものも、これを特別の書体または図案化した態様で表示して世人の注意を惹き、もつて自他商品けん別の標識たるに適するときは、商標としての特別顕著性を具備することは、学説判例においてひとしく認められるところである。(大審院昭和十二年(オ)第二〇五三号、同昭和十四年(オ)第一八八七号事件判決参照)従て本件出願の商標の「わ」「ら」「び」「だ」「ん」「ご」の各文字は、右述のように世人の注意を惹く楽符状の図案化された特殊字体のものであるから、たとえそれが指定商品の品質を表示するものとしても、なお商標法第一条第二項にいう特別顕著性を有するものというべく、此の点に関し、審決が、原告の商標の「わらびだんご」が楽符状に図案化された特殊態様のものであることを是認しながら、この文字の特異な点がその指定商品の取扱につき取引者需要者の通常用うる程度の注意を標準として、自他商品けん別の標識として適するか否かの判断をなさず、ただ慢然と本件出願の商標が、当該商品及び商品の品質を表示するに過ぎないから、自他商品けん別標識としての特別顕著性を具備しないとしたのは、法律の適用を誤つた審理不尽、理由不備の不法があり取り消さるべきものである。

(二)  原告の商標の「わらびだんご」「蕨団子」の名称は、原告が数年来温泉土産の団子に使用し、一般の取引者又は需要者の間において原告の製造する団子の商標として極めて著名のものである。すなわち原告の商標は、永年の使用による特別顕著の要件をも併せ具有するに至つたものであつて、この点からいつても原告の商標について特別顕著性を否定した審決は取り消されなければならない。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告の請求原因としての主張に対し、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実はこれを認める。

二、同三の主張はこれを否認する。

原告の本件出願にかゝる商標は、平仮名文字の「わらびだんご」の各文字を楽符状のものを以て、普通に使用する平仮名文字の「わらびだんご」の文字の態様に形象文字化してなるものであるから、たとえこれが普通の文字でないとしても、これをその指定商品について使用するときは、何人も本件商標よりは、当該商品名「わらびだんご」又は当該商品の品質「わらび粉末を混入しただんご」を直ちに想起することを否み得ない。果して然らば右商標は、彼此商標のけん別及び彼此商品の品質けん別のみを表示するの役割を果すにすぎないものといわざるを得ない。このような商標を特定人にその登録を許容して排他的独占権を与え、商標権の行使を許すことの好ましくないことは理の当然である。しかも本件商標の指定商品である第四十三類の菓子及び麺麭の類については、単一の菓子類又は数種の菓子の類の図形を以て種々に組み合せ、種々の形象に文字化したものを当該商品又は当該商品の品質、品位、用途、効能、形状等を表わすため世上一般普通に使用されている事実はもちろん、その他宣伝等において巷間しばしばこれをみるところである。これらの事実からすれば、本件商標の表現は、その指定商品との関係において、未だ以て普通の使用の態様の域を離脱していないというべきであつて、審決には、原告のいうような審理不尽、理由不備の点はない。

また本件の商標は、特異の態様で普通の態様でないとの原告の主張は、一般論としては、被告もこれを認めないでもないが、審決にも説明してあるとおり、本件商標の指定商品である第四十三類菓子及び麺麭の類に付ては、単一の商品の菓子図形又は数種の商品の菓子図形を種々の形象に組み合せて文字化したものを当該商品名又は商品の品質、品位、用途、効能、形状等を表わすために普通使用されている。故にある商標が、商標適格を有するや否やを判定するに当つては、よろしくその判定時を基準として、その商標が商標適格を有するや否やを判定するを要する。そのことは、文字、図形よりなるある商標が、その文字、図形の特異の態様のため、その特異性を認め、ある時期において、ある商品についてたとえ特別顕著性を認められても、ある時期の到来により、該文字図形の態様では、当該商品について普通に使用される情勢の時期に立ち至つたときは、上記特異態様の文字、図形と雖も、特別顕著性を具えているものとはいうを得ない。恰も本件商標がそれに該当するものである。本件商標の態様が普通に使用される平仮名文字の「わらびだんご」の文字の態様に(楽符状のものを以て形象文字化して)表わされてあるから、これを離隔的卒爾の間において看るも、なおその構成態様上「わらびだんご」の外観、称呼、観念を極めて容易に捕捉することができるだけでなく、前述のように第四十三類の菓子及び麺麭の類の商品については、その商品又はその原料を以て種々に組み合せて、当該商品の商品名又は品位、品質、用途、形状、効能等を表示して使用されている事実から見るとき、その指定商品との関係において、本件商標の如きは、一般論によつてこれを律すべきではない。

第四証拠〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実とその成立に争がない甲第一号証とによれば、原告が本件において登録を求めている商標は別紙に記載するように平仮名の「わらびだんご」の文字を、やゝ図案化した字体で縦書にして構成されたものであることを認めることができる。

しかしながら商標が、その指定商品をそのまゝに表示しているような場合には、その商標は、原則として、特別顕著性を欠き、これを登録して排他的使用権を付与するに適しないものといわなければならない。なんとなれば、商標は、これをその指定商品に使用した場合、これと同一種類の他の商品とを区別するに役立つものでなければ、これを商標として使用する意義はないといわなければならないのに、その商品をそのまゝに表示するような商標は、これを付した商品と、他の同一種類の商品とを区別するに役立つものとは到底考えられないからであり、またこれに排他的使用権を与えることは、他の同一種類の商品を製造販売する人々の自由を、故なく奪うからである。そして商標は、字体等外観により目に訴えて、商品を区別させる作用を営むだけでなく、電報、電話による場合はもちろん、一般口頭の注文の場合を考えて明らかなように、音によつてその商品を指示し、他の商品とを区別するに使われ、また観念によつて記憶されるものであるから、ひとり字体等の外観ばかりからでなく、称呼、観念において、指定商品をそのままに表わしているような商標は、やはりこれに特別顕著性ありとして、これを登録して排他的使用権を与えるには適さないものと解さなければならない。

この見地に立つて本件の商標を見れば、字体の観察はしばらく考慮の外においても、右商標から生ずる称呼は、「わらびだんご」であり、これによつて印象づけられる観念は「わらび粉末を入れて作つた団子」に他ならず、原告が本件商標の指定商品とする「わらびの粉末を混入した団子」そのものを表わしているものであるから、いわゆる特別顕著性は全然認められないものといわなければならない。

また字体そのものについて見ても、やゝ図案化されているとはいえ、被告代理人の指摘するように、本件の指定商品を包含する第四十三類菓子及び麺麭の類にあつては、この程度の図案化された文字は、未だ必ずしも特異な字体とは認められないから、この点からいつても、原告の主張は採用することができない。

更に原告は、原告の本件商標は、永年の使用により、特別顕著性を取得したと主張するが、その提出する甲第三ないし第六号証では、未だ本件商標が前に述べた意義において特別顕著性を有するに至つたものであるとの事実は、これを認定するに足りず、他に右事実はこれを認めるに足る証拠はない。

以上の理由により、審決が原告の出願にかゝる商標は特別顕著性を欠き、登録することができないとしたのは相当であつて、原告の本件請求はその理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)

別紙〈省略〉

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